
《ウィトルウィウス的人体》
図版出典:File:Da Vinci Vitruve Luc Viatour.jpg – Wikimedia Commons
レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)による《ウィトルウィウス的人体》(1490頃)は、古代ローマの建築家が残した著作の記述に基づいて描かれている。この建築学書で論じられた理想の身体には、画家による研究の成果を反映した修正が加えられた。
マルクス・ウィトルウィウス・ポッリオ(生没年不詳)は、さまざまな建築に関係する技術や知識を包括した論文を残した。この『建築十書』(前25頃)によれば、神殿は身体の法則に従い設計する必要があるという。そのため、身体の比率も詳細に記述された。
尺度の基準は、均整の取れた理想の身体である。その説明では、身体の自然な中心は臍とされる。両手と両足を広げて仰向けになれば、それを中心として指先と爪先を通過する円形を描くことができる。その身体は、正方形の枠のなかにも綺麗に収まるという。
この建築学書は、8世紀まで忘れ去られていた。それは、アングロサクソンの大修道院長により価値を見出される。セント・セオルフリス(642-716)は、その貴重な写本をイタリアからイギリスに持ち帰る。やがて、身体の比率の概念も各地に広められた。
聖書には、神が自らをかたどり人間を創造したという記述がある。修道院では、写本の蒐集と筆写がおこなわれていた。神の真理を理解するためには、その創造による世界の秩序を考察する必要がある。知識の習得は、信仰を深める手段とされていたのである。
古代の哲学者たちは、円形を宇宙の象徴とした。それは、正方形により補完される。この意見は、ウィトルウィウスによる身体の説明にも反映された。聖職者たちは、その表現に惹きつけられた。この建築学書は、宗教の立場から読まれていたのである。
ウィトルウィウスによる著作は、15世紀に再び発見されることになる。8世紀に複製された写本は、ジャン・フランチェスコ・ポッジョ・ブラッチョリーニ(1380-1459)が入手した。かつての文化を復興した時代に、この文献はスイスからイタリアに送られる。
そこでは、レオナルドが多岐にわたる活動をしていた。あらゆる事物に関心を寄せた画家は、この建築学書の記述にも興味を示した。身体の比率の概念は、絵図ではなく文章で説明される。そのため、著者の記述に基づいて描画することで説明の検証を試みた。
建築家の提唱した概念は、身体の研究の成果を踏まえて表現された。実際の人間は、臍が身体の中央にない。そのため、各図形と身体の中心も一致しない。この問題は、中心を移動することで解決された。臍を円形、股を正方形の中心に設定したのである。
その緻密な素描には、画家の数学や解剖学などの知識が活かされた。そして、人間を宇宙の縮図と見なす思想も融合する。各図形に収まる人間の姿は、小宇宙と大宇宙の調和の明瞭な表現である。この作品は、画家の卓越した技量と探究の精神を伝えている。
図版資料
レオナルド・ダ・ヴィンチ《ウィトルウィウス的人体》(1490頃)
紙・ペン・インク/34.4cm×25.5cm/アカデミア美術館(ヴェネツィア/イタリア)
図版出典
File:Da Vinci Vitruve Luc Viatour.jpg – Wikimedia Commons
参考文献
コリン・ソールター『解剖学者全史』布施英利[監修]/ 小林もり子[訳]/グラフック社/2024
トビー・レスター『ダ・ヴィンチ・ゴースト:ウィトルウィウス的人体図の謎』宇丹貴代実[訳]/筑摩書房/2013
B.アータレイ[他]『ビジュアルダ・ヴィンチ全記録』藤井留美[訳]/日経ナショナルジオグラフィック社/2013


