医学と美術

ホガース《兎のようなもの》

ホガース《兎のようなもの》
ウィリアム・ホガース
《兎のようなもの、あるいはゴダルミングの賢者たちの協議》

図版出典:Mary Toft (Tofts) appearing to give birth to rabbits in the presence of several surgeons and man-midwives sent from London to examine her. Etching by W. Hogarth, 1726. | Wellcome Collection

 ウィリアム・ホガース(1697-1764)による《兎のようなもの、あるいはゴダルミングの賢者たちの協議》(1726)は、イギリスの国王から国民まで大勢が巻き込まれた事件を題材にしている。その奇妙な騒動は、妄信することの危うさを教訓として残した。

 メアリー・トフト(1701-1763)は、ゴダルミングという村に住む仕立て職人の妻である。この妊婦は、1726年に畑仕事の途中で兎を取り逃した。その印象は強く残り、胎内にまで影響を与えたらしい。やがて、妊婦は大きな肉塊や動物の断片を産み落とした。

 トフトは、さらに兎たちを連続して出産した。ジョン・ハワード(生没年不詳)という地元の産科医は、この田舎の事件を都会の貴族や医師の肩書を持つ人物たちに報告することにした。それらの手紙により、兎を出産する妊婦の噂はロンドンに届けられた。

 ジョージ1世(1660-1727)は、その事件に関心を寄せて調査を決定した。サミュエル・モリニュー(1689-1728)という科学者でもある秘書官、ナサニエル・セント・アンドレ(1680-1776)という宮廷解剖学者のふたりが真相を追求する任務に就いた。

 調査官たちは、トフトの入院する地元の産科医の家を訪問した。そのとき、15匹目の兎が産まれようとしていた。ふたりは、妊婦が兎の胴体の部分を出産する現場に立ち会うことができた。すでに死亡している兎は、すぐに解剖されて詳細に分析された。

 その兎の肺は、調査の過程で水に浮くことが判明した。それは、妊婦の胎内にいた兎が空気を得ていたことを意味する。セント・アンドレは、この結果を粗雑な偽装ではなく自然の驚異として受け止めた。そして、兎の出産を信じて奇跡の体験を書籍にまとめた。

 噂の出産を疑う医師たちもおり、この事件に大勢の国民たちが注目した。ついに、問題の妊婦はロンドンの宿で監視される。その出産の秘密は、兎の調達を頼まれた宿の雑役夫が治安判事に自白して露見した。事件の主役も、ようやく出産が演技であると認めた。

 ジョン・モーブレイ(1700-1732)は、トフトの出産の体験を胎内感応説により説明していた。妊婦の見たものは、その印象が強ければ胎児の姿に影響を与えることがあるという。実際のところは、医師たちが見たいものを信じて失態を演じただけに過ぎない。

 ホガースは、この奇妙な騒動を風刺画として描いた。舞台のような室内で、妊婦は兎を出産しようとする。左側の家族たちは不安な表情で見守り、右側の医師たちは熱心な様子で分娩に携わる。開いた扉から差し込む光は、たくさんの兎たちを照らし出している。

 画家の痛烈な批判は、妊婦ではなく医師たちに向けられている。その有能であるという過信は、やがて妄信となり無能であることを自ら証明する結果を招いた。この兎の出産をめぐる騒動は、捏造に対する医師たちの失敗の事例として語り継がれている。


図版資料
ウィリアム・ホガース《兎のようなもの、あるいはゴダルミングの賢者たちの協議》(1726)
紙・エッチング/18.8cm×25.3cm/ウェルカムコレクション(ロンドン/イギリス)

図版出典
Mary Toft (Tofts) appearing to give birth to rabbits in the presence of several surgeons and man-midwives sent from London to examine her. Etching by W. Hogarth, 1726. | Wellcome Collection

参考文献
伊丹市立美術館[編集]『ウィリアム・ホガースの銅版画:館蔵品目録』伊丹市立美術館/1997
森洋子『ホガースの銅版画:英国の世相と諷刺』(双書美術の泉:48)岩崎美術社/1981
クリフォード・ピックオーバー『ビジュアル医学全史:魔術師からロボット手術まで』板谷史、樺信介[訳]/岩波書店/2020
ヤン・ボンデソン『陳列棚のフリークス』松田和也[訳]/青土社/1998
J.アンダーソン、E.バーンズ、E.シャクルトン『アートで見る医学の歴史』矢野真千子[訳]/河出書房新社/2012

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