
《愚者の石の切除》
図版出典:File:Cutting the Stone (Bosch)FXD.jpg – Wikimedia Commons
ヒエロニムス・ボス(1450頃-1516)による《愚者の石の切除》(1501-1505/諸説あり)は、穏やかな田園でおこなわれる怪しげな手術の様子を描いている。処置の苦痛に耐える患者に対して、胡乱な医師とふたりの見学者たちは関心も共感も示していない。
愚者の石の切除とは、この時代のネーデルラントの画家たちのあいだで流行していた作品の主題のひとつである。そこでは、医師が患者の額から石を取り除くための手術をする場面が描かれる。その石を摘出することで、愚かな人物でも賢くなれるという。
奇妙な石を除去する手術は、実際におこなわれていたか不明である。石を探す目的で本当に患者の額が切開されたという説もあるが、それを取り除く演技をして嘘の治療の報酬を施術者が得ていたという説もある。いずれにせよ、愚者の石は架空の存在である。
しかし、古くから頭に対する手術をしていた例は残されている。穿頭術とは、頭蓋骨に孔を開ける処理である。その目的は、宗教の儀式や病気の治療と考えられる。洋の東西を問わず、広い地域で孔の開いた頭蓋骨や治療を記述した資料が発見されている。
ヒポクラテス(前460頃-前375頃)は、その著作のなかで武器により頭部が損傷した場合に穿頭術を実施する例を挙げている。アンブロワーズ・パレ(1510-1590)は、軍医として活動した経験があり頭蓋骨に孔を開けるための医療器具を設計している。
穿頭術は、戦場における外傷に限定した処置ではない。頭痛や癲癇、脳炎などに対する治療としてもおこなわれた。かつて、精神疾患には神や悪魔が関与していると考えられていた。そのため、悪魔を身体の外に追い出すために頭蓋骨に孔を開けた場合もある。
このように、穿頭術はさまざまな症状の治療に採用された。愚者の石の迷信は、精神の問題が頭に起因するという意見を反映している。ボスの作品では、騙されやすい人物が風刺されている。その愚行の原因は、奇妙な石ではなく疑わずに信じてしまう姿勢にある。
黒色の外枠には、金色の文字で医師に治療を懇願する患者の言葉が書かれている。そこから、この人物が「ルッベルト・ダス」であることがわかる。これは、オランダの物語によく登場する愚者の代名詞という。この患者は、間違いなく愚者であると示されている。
漏斗を帽子にした医師は、患者の頭にメスを突き刺すように入れる。そこからは、石ではなく花が出現する。この時代のオランダでは、チューリップという言葉が愚者も意味していたという。修道士と修道女は、医師による嘘の手術に加担しているようである。
ボスの作品には、解釈の困難な表現が多く含まれている。この作品も、愚者の石の切除という主題に独特な着想を加えている。そのため、描かれた事物の正確な意味は不明である。しかし、この時代における偽の医療行為や迷信の流行を垣間見ることができる。
図版資料
ヒエロニムス・ボス《愚者の石の切除》(1501-1505/諸説あり)
板・油彩/48.5cm×34.5cm/プラド美術館(マドリード/スペイン)
図版出典
File:Cutting the Stone (Bosch)FXD.jpg – Wikimedia Commons
参考文献
高階秀爾[編著]『ヒエロニムス・ボッス全作品』中央公論社/1978
カール・リンフェルト[解説]『ボッス』(世界の巨匠シリーズ)西村規矩夫、岡部絋三[訳]/美術出版社/1976
スティーヴ・パーカー[監修]『医学の歴史大図鑑』酒井シヅ[日本語版監修]/河出書房新社/2017
ポール・ラフォン『ヒェロニムス・ボッス:その芸術・影響・流派』大出学[訳]/牧神社/1976
参考ウェブサイト
La extracción de la piedra de la locura – Colección – Museo Nacional del Prado


